機関誌「地球のこども」 Child of the earth

環境教育はもう古い? 中国における自然教育の台頭 2016.03.30

宣伝教育センター主催の生態ミニ童話大賞 (2015年9月18日)

文:李 妍焱(駒澤大学教授)

政府主導の「環境教育」の形骸化

9月28日、JEEFの会議室に訪日中の中国の環境NGO、合一緑学院事務局長呉さんが訪れ、中国の環境教育分野の民間活動について現状を語った。「環境教育は中国ではもう古い」という彼の一言に、日本の関係者は大いに驚いた。「古い」という言葉は、決して「もはや必要ない」ことを意味するわけではない。それは中国における環境教育の経緯と特徴を言い表しているといえる。

中国で環境教育というと、「中小学生を対象とする『基礎環境教育』」と「すべての人々を対象にした『全民環境教育』」の二つに分類される。ほかにも大学における環境関連の専門教育が挙げられるが、ここではとりあえず触れないでおこう。「古い」というのは、1980年代以来展開されてきた環境教育の手法と効果への疑問を示している。

政府主導の環境教育には主に環境保護部による「宣伝教育センター」の事業と、教育部による「中小学校環境教育」が含まれる。「基礎環境教育」はその両方で扱われるが、「全民環境教育」は、主に「宣伝教育センター」の仕事となる。

教材や読本の出版と発行、展示施設の運営、宣伝キャンペーンの開催、ボランティア研修などが主な手法で、近年、企業をスポンサーに独自のイベントも企画されるようになったが、「知識伝達偏重」「上級政府に評価されるための形だけの取り組み」と、その実効性のなさがしばしば批判される。

1996年から環境保護部と教育部の両方が連携して推進してきた「緑色学校」プロジェクトが象徴的だといえる。これは、一定基準をクリアした学校をランク付けする認定制度である。すでに数万校が認定を受けていると言うが、現場で重視されるのは「認定基準をどうクリアするか」であり、環境教育の効果ではない。

さらに、学校外の「環境教育基地」の認定が始まり、認定された既存施設(自然保護地やゴミ処理場など)には政府の投資による環境教育の施設建設と活動プログラムの開発が行われた。しかし、実際にプログラムを実施できる人材が現場にいないため、「形式だけ」と関係者の間では酷評されている。

「環境教育」という言葉には、政府主導のこれらの取り組みの刻印が強く残っているため、本当に環境問題の解決に結びつくような環境教育の手法を志向する人々の間では、「古い」と思われるようになった。

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民間による自然教育ブームの兆し

民間による環境教育は、1993年に設立された環境NGO「自然の友」を皮切りに多くのNGOが設立され、啓発重視、参加重視の活動、環境汚染監視活動、政策への影響を意識した活動を、地道に展開してきた。

環境NGOのデータベース(※)によれば、登録されている1610組織のうち、主に環境教育活動に従事しているのは27.5%だという。しかし、活動パフォーマンスの高い団体は少ない。空調26度キャンペーンなど制度化につながる取り組みもあったが、活動資金の調達が難しく、老舗の「自然の友」でさえ環境教育チームは2013年には継続が困難な状況に至ったという。(※2)

水の汚染と大気汚染、食品安全の問題が誰の目にも明らかとなった2013年頃、環境問題の深刻さを訴える環境教育が大きな進展を見せないなか、自然体験を唱える「自然教育」がめざましい勢いで急成長を見せるようになった。

※環境NGOのデータベース 中国環境保護組織地図
※2(2015年11月15日自然の友ガイア自然学校へのインタビューより)

きっかけは日本型自然学校

2012年、筆者が代表を務める日中市民社会ネットワーク(CSネット)は、日本エコツーリズムセンターの協力を得て、中国で次のことを目的とした自然学校プロジェクトをJICAへ申請し、活動を開始した。

  • 日本型自然学校の紹介
  • 自然学校を支える人の育成
  • 自然学校のコンセプトを共有するネットワークの構築

 

中国側のカウンターパートと共に、中国で「地域密着型の自然学校」を支える人材の来日研修、そしてネットワークを形成をさせるための、中国自然学校ネットワーキング会議やワークショップ事業を行った。

2014年、有志の団体や個人の実行委員会によって、中国初の全国自然教育フォーラムが企画され、アリババ基金会の助成によって実現した。参加者は全国から260名を超え、JICAの自然学校プロジェクトに関わった人たちはその中心にいた。

2015年、リチャード・ルーブによる『あなたの子どもには自然が足りない』の中国語訳が自然教育を志向する人々の間で突如ベストセラーとなり、彼による「自然欠乏症」の指摘は、自然教育の正当性を裏付けるコンセプトとなった。11月、第2回全国自然教育フォーラムは、ルーブ氏を主要な出演者の一人に迎え、500名の規模で開催された。

このフォーラムに際して、自然教育団体の実態調査が実施された。314の団体もしくは個人から回答があり、企業形式で運営されている団体は54%、NGOは22%であった。地理的には北京、上海、浙江省、広東省が最も多く、四川省や福建省、雲南省がそれに次ぐ。

設立の時期は2013年以降が圧倒的に多く、活動対象は親子、児童、中小学生を足すと64%を超えた。対象者のニーズとして自然体験が最も多く28%を占め、親子活動が23%、DIY (Do It Yourself)が15%、生物の観察が18%、アドベンチャーも10%を占めていた。

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なぜ自然教育ブームに?

自然教育の盛り上がりは「突如」という印象を与えるが、それまでの民間環境教育による成果の蓄積と、環境問題が食品安全問題、教育問題など生活に密着する「現実問題」として捉えられるようになったこと、「生態文明」を打ち出した習近平政権において、政策的状況が有利になったことが、自然教育ブームにとって「機が熟した」状況を作り出したといえる。この2年ほどの展開を見ると、中国の自然教育ブームには、いくつかの特徴が見られた。

中国の自然教育ブームの特徴

1.関わる人の多様性
「生態保護」分野、汚染問題やゴミ問題などの環境問題の分野、アウトドア/野外活動の分野、エコツーリズムの分野等、異なるライフスタイルを求める人々。職業や社会階層、背後にある資源も実に幅広く、「自然教育」の一点によって結ばれている。
2.多方面から理論や手法を急速に吸収
欧米、日本、韓国、台湾、香港などの経験から積極的に吸収し、「使えそうなものはなんでも」と各種セミナーや研修が過剰供給気味である。
3.教育理論重視生態専門性の重視
自然教育のプログラムの「専門性」を、教育理論と生態環境に関する専門性に求める傾向があり、「専門的保障」を示そうとする。
4.WeChatの活用
情報のやりとりだけではなく、イベントの申し込みや料金の支払い、寄付活動、グループ討論までもSNSであるWeChat上で行われる。フォーラムなど大規模な会議でも、会場ですぐにWeChatグループが形成され、会場中の人とつながるようになる。
5.ビジネス志向
社会的企業として自然体験活動を柱とするビジネスの確立が目指されており、イノベーションを志す企業人や財団が多く関わっていることも、ビジネス志向を強めている。「ブランディング」「マーケティング」「デモストレーション」などが重視され、実態よりも「かっこよく」表現される傾向が見られる。

「暗くて深刻な」環境問題よりも、「明るくて楽しい」自然体験活動のほうが受け入れられやすい。

地球の環境問題よりも、自分の子供の教育問題や、安全な農作物を求める活動が身近に感じられる。汚染との戦いよりも、自然に親しむ活動のほうが、政府が提唱する「生態文明」政策に奨励されやすい。

このような意味で、「自然教育」が現在の中国で勢いよく台頭するのは容易に理解できる。しかし、「自然に親しむ」ことは、環境問題の解決に貢献する「行動」に直接結びつくわけではないことを、我々は知っている。

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自然教育ブームを市民教育へ

このブームのまっただ中でも、環境教育の理念と目的を見失わず、「ビジネスとしての自然教育」に流されないキーパーソンたちがいる。その多くはJICAプロジェクトの来日研修を経験している。自然の友ガイア自然学校校長の張さんは次ぎのように言う。

市場のニーズは巨大で、いつも呑み込まれそうになる。しかし忘れてはならないと思う。私たちが行っているのは『教育』であり、サービスではない。何よりも志す教育の効果を大事にしなければならない。

中国の環境教育はどこに向かうのか。このような「理念を譲らない人」の存在こそが鍵を握る。環境教育は尊重と責任の可能性を問う教育であり、「市民教育」にほかならない。中国の自然教育ブームを「市民教育」に導いていくような人づくりと仕組みづくりを促進する。環境教育分野における今後の日中交流は、これを目標としたい。

 

 

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李 妍焱(り やんやん)

駒澤大学教授、日中市民社会ネットワーク(CSネット)代表。日中の市民社会を研究し、双方でソーシャル・イノベーションを促進するために、環境教育、高齢化社会、災害復興を中心テーマに、日中のNGOや社会的企業、キーパーソン同士をつなぐ実践に従事。著書『中国の市民社会』(岩波新書)ほか。

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