機関誌「地球のこども」 Child of the earth

〜阿部先生に訊いてみました〜日本の環境教育の始まりから、日中韓の環境教育ネットワーク構築まで 2016.02.23

文:阿部 治(JEEF専務理事)

基本的な質問ですが、そもそもどのようにして日本で「環境教育」が始まったのでしょうか。また、当初環境教育はどのように受け入れられたのですか?

日本の環境教育のルーツは、1960年代に始まる公害教育と自然保護教育です。水俣病などの四大公害病の悲惨さは、その当時他国に類を見ないものでした。四日市につくられた石油コンビナートにともなう大気汚染により、喘息患者が発生し、児童・生徒をも巻き込む形で広がりました。その結果、環境破壊から子どもを守り、地域を守る教育活動として、公害教育が始まったのです。

一方、日本の60年代は高度経済にともなう自然破壊の歴史でした。当時、各地で自然保護運動が活発に展開され、71年には全国組織である全国自然保護連合が発足しました。自然保護教育は、これらの団体が行った自然観察を通じ、主に社会教育の分野で展開されました。

これらはいずれも民間運動として行われてきたことで、ボトムアップ型の活動でした。それ故にときの政府、企業、経済界からは疎んじられました。

公害教育や自然保護教育に代わる言葉として、「環境教育」という言葉がそれらを包含する言葉として、アメリカの法律(環境教育法や国連人間環境会議の勧告)の影響を受けて日本に導入されました。

1970年代当時、まだほとんど使われていない「環境教育」という言葉を使うと、自然保護教育をしている人たちからは、「政府が自然保護教育や公害反対運動を隠蔽するためのものだ」と批判され、一方で行政や経済界の人たちからは、「政府を批判するものではないか」と警戒されました。国際的な取り組みが進展していく中、日本政府は環境教育に関する国連機関の成果を一般に紹介することもなく、行政による取り組みはほとんど進展が見られなかったのです。

1987年から始まった「清里フォーラム」ですが、第2回目に「フォーラムの内容を示すキーワードをちゃんとタイトルに入れよう」と実行委員会の中で議論をしました。「環境教育」という言葉について「その言葉を使うのは危ない!」という声が上がる一方で、他の何人かからは「環境教育をやっているんだから、環境教育という言葉を使うべきだ。」との意見がありました。(結局、1988年からは清里環境教育フォーラムの名で開催されました。)

この当時は学校で先生が環境教育を行うと、校長にいじめられるという相談を受けることもありました。また、その第一回目の清里フォーラムで出会った数人で、日本環境教育学会をつくりました。(日本環境教育学会の設立は1990年)

1990年代に入り環境基本法ができたことで、ようやく環境教育は環境政策の重要な柱のひとつとして認識されました。日本の環境教育は、当初から広く受け入れられたわけではなく、60年代からの長い歴史の中で徐々に受け入れられてきたものなのです。

第5回清里環境教育フォーラム。実行委員として挨拶する阿部氏

第5回清里環境教育フォーラム。実行委員として挨拶する阿部氏

初期の環境教育関連の政策から関わってきた阿部先生から見て、今、日本での環境教育はどういう状況だと感じますか?

かつては環境教育のねらいを環境保全を中心に考えてきた傾向がありましたが、徐々にトータルで考えていく環境教育への変化があると思います。日本の環境教育は学校にも取り入れられるなどして、総合的に進んでいると言って良いでしょう。ただ環境保全ということだけに注目していた環境教育から、近年(2000年以降)になって、環境保全をベースにした持続可能な社会を作っていくためには、経済や文化などトータルで考えていく、ESD(※1)に変化しつつあるというのが現在の状況です。

※ESD(Education for Sustainable Development :持続可能な開発のための教育)
「開発」の代わりに「持続可能な未来」や「持続可能性」を使用するなどさまざまな言い方があるが、環境教育をツールとしていることから、環境教育の発展系のひとつとして理解するとわかりやすい。(「日本型環境教育の知恵」より引用)

日本の環境教育の特徴としては、どういったことが言えるのでしょうか?

92年、日本のNGOが始めて世界に打って出たのが地球サミットです。このサミットを契機に、国際的な活動を進めていく上でNGOの役割が大きいものだと政府が認識したのですが、当時、日本のNGOは非常に脆弱でした。そこで、政府が地球環境基金をつくったのです。つまりNGOを支えるための基金を、政府がつくったわけです。だから日本の環境教育の大きな特徴には、政府と民間が一緒にパートナーを組んで活動していると言えますね。

しかし、「政府との協働」は良いのですが、政府がお金を握っているわけですから、一方で危ない面もあります。持続可能な社会をつくるためには、市民教育が非常に大切であり、市民が政府と対等な立場で環境問題や政策を含めて、批判的に見る姿勢を忘れてはなりません。

また、深刻な公害問題の反省から、日本には公害経験を国際協力として他国に伝えていくという使命が当初からあります。そのために例えば97年、青年海外協力隊に環境教育という職種ができ、JEEFの理事である私と理事長の川嶋さんが、その立ち上げから環境教育分野の技術専門委員としてアドバイスをしてきました。

現在、日中韓の三カ国が共同で環境教育を行っているのはなぜですか?

ナショナル(国)があって、いくつかの国のかたまりとしてリージョナル(地域)がありますが、日本でいえば最初のリージョナルが北東アジアです。環境問題は国境を越えますから、そういった地域共同体での取り組みが必要だという問題意識を持ったわけです。ASEANはASEANでアクションプランを作って各国同時に取り組みをしていたし、南アジアも共同で環境教育を行っていました。そんな中、私はIGES(※2)やJICAなどに関わる中で、国際環境協力が大切だと強く感じていましたが、当時、北東アジアには環境教育の共同体としての仕組みがありませんでした。

1999年、日中韓の三カ国での地域レベルの取り組みとして、北東アジアの環境共同体を形成することを目的に「日中韓三カ国環境大臣会合(TEMM※3)」が設立されました。

※2:IGES(Institute for Global Environmental Strategies :地球環境戦略研究機関)
※3:TEMM(Tripartite Environment Ministers Meeting:日中韓三カ国環境大臣会合)日中韓三カ国の環境大臣が1999年以来、毎年開催。三カ国はこの枠組みのなかで、北東アジアの環境管理において主導的な役割を果たすとともに、地球規模での環境改善に寄与することを目指している。http://www.env.go.jp/earth/coop/temm/introduction_j.html

当時、北東アジア全体で環境教育を行うのは難しく、このTEMMの枠組みの中で、日中韓の環境教育専門家のネットワーク構築事業(TEEN※P6参考1)を行えるよう提案しました。

日中韓が対等な立場で協力し合い、環境共同体意識を高めるのが目的です。日本からの提案ということで、第一回は日本で開催されることとなりました。(第1回は2000年11月30日〜12月2日静岡・東京で開催)

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阿部治氏が第3回TEMM Environment Awardを受賞
TEMMでは、2013年より日中韓環境協力において多大な貢献をした各国1名に対して、TEMM Environment Awardを授賞している。阿部氏は日中韓三カ国において長年にわたり環境教育・ESD分野の研究と実践・交流に努めてきたが、これまでの功績が高く評価され今回の受賞に至った。立教大学ウェブサイトより(http://www.rikkyo.ac.jp/news/2015/05/16147/)

前述のTEENの取組について、どういったことをしているのか、もう少しお話を聞かせて下さい。

この活動は、日中韓の三カ国から環境教育の専門家を集め、環境教育に関する情報交換を通じて、日中韓の環境教育ネットワークを推進しています。さらには、三カ国における社会の環境意識を向上し、持続可能な社会の構築に役立てることを目的としているのです。

2000年以来16年間毎年、三カ国持ち回り制によるワークショップ、シンポジウムおよびフォーカルポイント会議(年1回以上)を開催して、環境教育の専門家や教育者、NGO代表、企業等が各国から集まり、環境教育のイニシアティブについて議論や意見交換等を行ってきました。今年度は昨年10月に岡山市で16回目のTEENの本会合(P07参照)が開催されました。

岡山市でのTEEN本会合とはどのようなものだったのでしょう?

昨年実施したTEEN本会合のテーマは、「世界と地域を結ぶ(グローカルの視点で)〜岡山市におけるポストDESD〜」です。会期中はシンポジウムの開催の他、岡山市立京山公民館や岡山市立曽根小学校、香川県直島町でワークショップを実施しました。

従来の本会合では、TEEN関係者が一方的に話すことが多かったのですが、今回の会合では、地域に根ざした環境教育やESDの取り組みを、三カ国の参加者が実際に体験し、それをベースに意見交換することを日本側の意図として実施しました。

今後のTEENの発展に、ご期待ください。

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阿部 治(あべ おさむ)

立教大学社会学部異文化コミュニケーション研究科教授。自然と人間との関係を中心に扱う狭義の環境教育のみならず、人と人との関係などを含む広義の環境教育、すなわち持続可能な社会の形成につながる総合的な環境教育/ ESD(持続可能な開発のための教育)の理念から推進政策、事例研究にいたるまで、広く国内外をフィールドに学校、地域、企業、NGO などを対象に展開している。

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