機関誌「地球のこども」 Child of the earth

いのちの営みを「ひとつのおさら」にのせて
〜カラーズジャパン株式会社 西村 和代さんの場合〜
2015.08.18

文:西村 和代(カラーズジャパン株式会社)

環境教育がベースの飲食店に挑戦

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京都で環境教育を専門とする環境共育事務所カラーズを、夫と共に立ち上げて22年になります。環境、人材育成、まちづくりなどの分野で「共に育む」ことを仕掛け、生業にしてきました。2009年に、私が代表の別会社を起業し、現在は食堂を経営しています。環境教育なのに飲食店? と思われる方が多いかもしれませんね。これまで、食のセミナーや農作業体験などを企画、実施してきましたが、関心の高い方ばかり集まることが多く、何か違う方法が必要だと考えていました。

問題意識を持っていない人にもアプローチできる方法として思いついたのは、毎日必ず営まれる食事の場。食事を提供する場なら、誰でもが利用しやすく、伝えたいことがじわりと伝わっていくのではないかと思ったのです。“ひとつのおさら”のコンセプトには、環境教育を埋め込んでいます。「いただきます」と手を合わせる食卓から、いのちが育まれることを感じ、毎日の食事からさまざまな社会の問題に気づくことができる、そんな食堂をめざしています。

食への関心から社会人大学院生へ

そもそも私が食への関心を深めたのは、学生時代までさかのぼります。ボランティアリーダーとして子どもたちと共に行う自然体験活動、キャンプ場でのキッチンスタッフ経験などは、感性を豊かにし、食の大切さを考えるきっかけとなりました。一方で、栄養素を計算して献立を立てるなど、栄養学などには少なからず懐疑的な思いを持っていました。結婚後は、家庭生活のなかで食や暮らしを見つめていくことができ、自分なりの価値観を得ることができたと思います。栄養素偏重ではなく、伝統的な食事や、食卓文化を尊重して共食することなどが重要だと感じるようになっていきました。仕事では、自然体験活動をはじめ、子どもの居場所づくり、食や農の体験学習を企画し、学び会う場づくりを展開してきました。私にとっては、主婦であり、母であることが活動全体の原動力となっています。子育てをしながら感じた食にまつわるさまざまな問題には、まず関心を持ち、その解決策を考え、できることから行動に移していきました。

私の人生で結婚に次ぐ転機となったのは、38歳で入学した大学院での学びと研究活動です。専攻したソーシャル・イノベーション研究では、実社会において行う実践活動を論文にしていくことが求められ、私は「いのちと食と農」をテーマに、現代の食の問題が及ぼす暮らしや生き方への影響に関心を持ち、食育、食農、共食などを研究しました。ソーシャル・イノベーションを専門にすることは、当時珍しく、先行研究も多くない分野でしたので、楽しいながらも苦労の末、学位を取得しました。ソーシャル・イノベーションとは「社会を変革していくこと」ですと言うと、自分には無理だと思う方が多いので、私たちは「世直し、人助け」と言い換えるようにしています。世の中を良くするために行動し、自利利他の精神を持ち、ビジネスの手法を使って社会問題に取り組むということです。

私は、ソーシャル・イノベーションを学び、研究していく流れのなかで、起業しようと決意しました。行政などの「公」に対して、不平や不満を言うだけでは解決しない問題を、自らが事業を起こして解決を図ろうとする人を社会起業家と呼び、自分もそうした社会起業家の端くれだと思っています。その経営は決して易しいものではありませんが、手応えを感じつつ、「真似される」くらいまで、活動を続けていきたいと思っています。

創発する場をつくり、育てる

起業して最初に取り組んでいたのが、私設公共空間として開設した「さいりん館」です。伝統的な京町家を活かした事業で、ワークショップ、セミナー、会議、宴会、ヨガ、各種教室、シェアオフィスなど多目的交流スペースとして年間1000人を超える方々に利用していただき、6年間経営しました。食関連の取り組みとしては、常設で調味料や食材の販売、「朝ねぼう市」と題した野菜販売、味噌づくりや梅酒づくりなどを行い、食のコミュニティを創出してきました。さいりん館の利用者、生産者とのつながりは今の食堂に欠かせません。オーガニックは食べ物の安全だけでなく、いのちの有機的なつながりであることを実感しました。食堂に力を入れるため、さいりん館は事業譲渡し、別の運営者に引き継ぎました。

新しく始めた食堂事業は、京都市のソーシャル・ビジネスとしても認められ、第二創業の資金を得て開業しました。ただの飲食店ではないからこそ支援してもらえたのです。

京都の伝統的な町家をリノベーションしたお店。奥のお座敷は、小さなお子様連れの方にも好評です。また、昔ながらのおくどさん(かまど)を再設置してご飯を炊き、お米文化を「おいしく」お伝えしています。

京都の伝統的な町家をリノベーションしたお店。奥のお座敷は、小さなお子様連れの方にも好評です。また、昔ながらのおくどさん(かまど)を再設置してご飯を炊き、お米文化を「おいしく」お伝えしています。

おうちごはんから見える、話す、聞こえる物語

京都で家庭料理といえば「おばんざい」。お万菜ともお番菜とも書きます。たくさんの種類があり、高価なものではない常に食す「おかず=副菜」です。ハレの日に食べる食事のことではなく、日常であるケの日にいただく食事が「おばんざい」です。おばんざい食堂〝ひとつのおさら〟では、季節とつくり手がみえることで、自分のまわりの環境、自分自身の環境を考えるきっかけになって欲しいと思っています。また、忙しかったら外食や中食に頼ってしまうといった時にも、顔が見える人が丁寧につくったおばんざいを食べて欲しい。だから、おうちごはんの応援隊になろうと日々お料理しています。毎日の食事から学ぶことはたくさんあり、食卓は社会につながっていることを伝えていきたいのです。

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食事を通していただいているもの全てが、いのちです。そしてそこには必ず、人の手が、労働があります。自然への畏怖、感謝、身土不二、その土地ごとの食に丁寧に向き合い、すべてのいのちを輝かせていこう。大地、海、空、人々の想いを、おいしく料理して〝ひとつのおさら〟に。私たちは、いのちの営みを、まるごとおさらにのせてお出ししています。

この絵は、ハワイ島在住のアーティストであり、実践的思想家の小田まゆみさんが描いてくださったものです。 偈(げ)というのは、仏の教えや観音様の徳を讃える韻文。毎日の食事の前に手を合わせて唱えることで、食に感謝し、生きることの意味を教えてくれる言葉です。「つくり手が見える」ということは、誰かの手を介している、営みがそこにあるということを知ることです。「食」べることの本質が描かれている「食事の偈」をお店に飾り、メッセージを伝えています。

この絵は、ハワイ島在住のアーティストであり、実践的思想家の小田まゆみさんが描いてくださったものです。
偈(げ)というのは、仏の教えや観音様の徳を讃える韻文。毎日の食事の前に手を合わせて唱えることで、食に感謝し、生きることの意味を教えてくれる言葉です。「つくり手が見える」ということは、誰かの手を介している、営みがそこにあるということを知ることです。「食」べることの本質が描かれている「食事の偈」をお店に飾り、メッセージを伝えています。

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西村 和代(にしむら かずよ)

1967年京都生まれ。同志社大学大学院博士課程修了。博士(ソーシャル・イノベーション)。カラーズジャパン株式会社代表取締役。京都で有機農業を学び、広島修道大学では学生と共に圃場実習を行うほか、料理実習や起業関連の講師としても活動。著書に『ソーシャル・イノベーションが拓く世界』法律文化社,2014年。 オバンザイ食堂「ひとつのおさら

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