伝えるとはなにか(環境教育において「伝える」の基本)

文:古瀬 浩史 株式会社 自然教育研究センター
僕は主に「インタープリテーション」というアプローチで環境教育に取り組んでいます。自然公園やミュージアムなどにおける、資源をベースにした教育的なコミュニケーションです。インタープリテーションを行うインタープリターは簡単に言えば「伝える」ことが仕事なのですけれども、「伝えるとは何か?」と改めて問われると、それに応えるのは簡単ではありません。おそらく、その問いにはたくさんの答えがあるのだと思います。この機会にそのことを少し考えてみたいと思います。
インタープリテーションは単なる情報の伝達ではない
インタープリテーションの分野でもっとも古典的な本に、フリーマン・ティルデンという方が書いた「 Interpreting Our Heritage( 我々の遺産を解説する)」という本があります。この本の中に「インタープリテーションは単なる情報の伝達ではない」という下りがあります。そうは言ってもインタープリターが「伝える」ことの中には「情報を伝達する」ということも含まれていますよね。実際、仕事の現場では、「難しいことがら(例えば環境のこと、科学技術のこと)を、わかりやすく伝える」ということが求められます。それにもかかわらず、ティルデンさんは、「単なる情報の伝達ではない」と言っているのです。これはどういうことなのでしょうか。
※ フリーマン・ティルデン 1950年代に国立公園局の依頼により、アメリカ国立公園のインタープリテーションを調査し「Interpreting Our Heritage(我々の遺産を解説する)」にまとめた。本人はインタープリターではなくジャーナリストだったという。同書はインタープリテーションの古典とされ、今でもビジターセンターのブックストアなどで売られている。邦訳はない。 もう少し具体的に例を挙げて考えてみたいと思います。自然公園では、来訪者によってゴミが放置されたり、野生動物に餌付けがされたりという行為が問題なることがよくあります。ですので、多くの自然公園では「ゴミを捨ててはいけない」とか「野生動物に餌付けすることは禁じられています」ということを知らせる必要があります。このような情報を伝達することは、それほど難しいことではありません。目立つところに看板を立てたり、プログラムの機会などに言葉で注意すれば伝わるはずですから。ただし、情報が伝達されたら、人がゴミを捨てないかと言えば、そんな保証はありません。そもそもゴミを捨てる人は、「捨ててはいけない」という情報を持っていなかったから捨てるわけではないように思います。
共感の場を作る
インタープリテーション的に、あるいは環境教育的に言えば、「ゴミを捨ててはいけない」という情報が伝達されたとしても、その時点でほとんど目的は達成さ れていません。来訪者やプログラムの参加者が、「ああ、僕はもうゴミを捨てないようにしよう…」とか、「シカに餌をやることは二度としないぞ…」とか思う こと、つまり「共感」することが大切なのではないかと思います。
つまり、「伝えるとは?」の一つの答えは、「共感の場を作る」ことだと僕は考えます。
参加者はインタープリターの言葉によって学ぶのではない
環境教育として行われるインタープリテーションの例として、ガイドウォークや自然観察会のようなものを想定してみます。参加者に自然のこと、環境のことを学んでいただくため、指導者はいろいろなお話をしていきます。もちろん一方的な伝達だけでなく、双方向のコミュニケーションによって参加者に新しい視点や知識がもたらされます。(図1)
しかし、参加者が指導者とのコミュニケーションによってのみ学んだり、何かに気づいたりしているかというとそんなことはありません。野外のプログラムであれば、まず目の前に自然があります。参加者は指導者の言葉を聞くだけでなく、直接自然を見たり触れたりします。また、多くの場合、プログラムの参加者は複数であり、同行している参加者同士のコミュニケーションが起こります。そこから気づくことも少なくありません。また、一般に私たちは新しい情報に触れたり、何かを見たりした時、いつも自分の既知の知識や経験、記憶に照らして物事を理解しようとするのではないでしょうか。つまり、プログラムに参加している人の学びは、指導者からもたらされる情報だけでつくられるのではなく、直接体験、他の人とのコミュニケーション、内省などによって構成されていくものだと考えられます(図2)。
そしてインタープリターは参加者との直接的なコミュニケーション以外のチャンネルにもアプローチすることができます。環境教育の現場において指導者が、「アイスブレーキング」や「ふりかえり」といった場づくりを行うのは、このようなことに関係していると僕は理解しています。
「伝える」という短い言葉の中には、インタープリターと参加者の間に起こることだけでなく、図2のような要素が含まれているのではないでしょうか。
テーマに基づいたインタープリテーション
インタープリテーションの考え方に「テーマに基づいたインタープリテーション Thematic Interpretation」という考え方(手法)があります。インタープリテーションでの「テーマ」とは「伝えるべきメッセージを短い明快な文章で記述したもの」のことを言います。ガイドプログラムや展示などを計画する際に、「テーマ(メッセージ)」を設定し、それに基づいて内容を考えていきます。
例えば、僕たちはよく「明日の観察会のテーマは『食物連鎖』だ・・」という言い方をしますけれども、これはインタープリテーションでいうところの「テーマ」にはなりません。「食物連鎖」とう言葉にはメッセージはありませんよね? 「テーマ」として設定するためには、「◯◯山の生き物たちは、すべて食べる、食べられるの関係でつながっている」というような書き方をします(こうすると「メッセージ」と言えますね)。
「伝えること」を明確に文章化することによって、プログラムの計画をより確かなものにすることができます。このような「テーマに基づいたインタープリテーション」という考え方は非常に有益な手法であり、アメリカで体系化されたインタープリテーションの根幹を成す考え方だと言うことができます。
世界を描いてみせる
環境教育としてインタープリテーションを計画している時、「テーマ」の文が上手く書けなくて困る時があります。単に作文技術が無いのでかけないことや、ねらいが曖昧なために書けないことも多いのですが、時に「このプログラムには『伝えるべき明確なメッセージ』がないのだ!」と気づく時があるのです。例えば、夜の森に出かけて、それぞれ一人になって、体験や感じたことを分かち合う… そんなプログラムです。
このことについて書くには、少しページが足りませんけれども、おそらく環境教育が何か決まったことを伝えるだけを目的としているのではなく、考え方の多様さを認めながら、ある意味で正解のないことを扱おうとしていることに関係しているのではないかと考えています。
様ざなまワークショップを手がける演出家の平田オリザさんは、著書「演劇入門」の中で、明確に「伝えたいことがある」近代の芸術に対して、現代の芸術・演劇には「伝えたいこと」(=テーマ)がなくなった、とした上で、次のように書かれています。
「伝えたいことなど何もない、でも表現したいことは山ほどあるのだ」
インタープリテーションにも同じようなことが言える場合があるように思います。つまり、「伝える」ということは「世界を描いてみせる」ことである。
さいごに
環境教育において「伝えるとは何か?」というお題で、インタープリターの立場から、いくつかのことを書いてみました。この小文を書くに当たり、何度も思い出したことがあります、それは2013年3月に急逝された小林毅さんのことです。コバさんこと小林毅さんは僕の偉大な先輩であり、かけがえのない友人でした。何かアイデアや面白いことを思いついた時、いつも小林さんと話して、意見をもらい、議論してアイデアを発展させたり、形にしたりしてきました。ですので、この文章を書くときも、何度も「コバさんならどう書くかな…」と考えました。小林さんが「伝える」ということについて書かれた資料を探してみました。最後にそれを紹介したいと思います。
(インタープリテーションにおいて)
『伝える』こととは、伝え手のメッセージと聞き手の関心(経験)を『つなぐ』こと
小林 毅
この場をお借りして、小林毅さんの冥福をお祈りいたします。
2013年12月号
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