機関誌「地球のこども」 Child of the earth

中国の新しい教育のチャレンジ〜上海がPISA断トツ1位になった理由は?〜 2014.10.01

文:諏訪 哲郎 学習院大学文学部教育学科教授

PISAが求めた21世紀型学力と上海の教育

日本の学校教育を「ゆとり教育」から「確かな学力」重視に転換させるうえで大きな影響を与えたものにPISA調査がある。PISA(生徒の国際学習到達度調査)は経済協力開発機構(OECD)が主要先進国・地域の15歳を対象に2000年から3年ごとに実施している国際的な学力比較調査。その調査で日本は読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーのいずれの領域でも2006年まで徐々に順位を下げていった。そのことから2008年に改訂された学習指導要領では、主要教科の学習内容と授業時間を増やすこととし、その余波で「総合的な学習の時間」が約3分の2に削減された。

しかし、PISAが求めていたのは、特定の教科の習熟度などではなく、知識や技能を活用して課題を解決する能力で、むしろ「総合的な学習の時間」のねらいにある問題解決能力に共通するものであった。そのことを裏付けるかのように、2013年の全国学力・学習状況調査では、「総合的な学習の時間」の趣旨に即した活動にしっかり取り組んでいる学校の児童生徒の正答率が高かった。特に、PISAを意識した知識活用力を問うB問題においてそれが顕著だったと国立教育政策研究所の関係者は報告している。

このPISAについては、当初、フィンランドの好成績が注目された。しかし、2009年、2012年の調査では、中国の上海がすべての領域で2位に大きく水をあける断トツの1位であった。例えば、2012年の数学的リテラシーの調査では、上海が613点で、2位のシンガポールを40点、7位に浮上した日本を77点も上回る高得点であった。この上海の好成績の要因として、実態調査を行った新潟県教育総合研究センターのメンバーは、教員の指導力向上に組織的に取り組んできたことなどを指摘している。その指摘は的を射ているが他にも要因がある。

2012年の調査結果が出た昨年の12月、この十数年間中国の教育改革をフォローしてきた筆者に対して上海の共同通信の特派員から「なぜ上海がPISA世界1になったのか?」について電話取材を受けた。そこで強調した点は、次の4点であった。

なぜPISA世界1に?

  1. 中国では2001年に発令された「基礎教育課程改革」で、知識伝授型の授業から学習者主体の授業へ転換したが、上海では1990年代から実験的に学習者主体の授業への転換が始まり、すでに定着している。
  2. 「基礎教育課程改革」によって、児童生徒による探究型の学習活動が増えている。
  3. 学習者主体の授業を進めるために、小中高の教員が新しい教育方法についての実践研究を重ねており、インターネットを通して自分の授業実践を公開して評価を募ることも多い。
  4. 一人っ子政策がなされているので、子どもの教育に対する保護者の関心が高く、また、子どもたちも保護者の期待に応えようとよく勉強している。

かつての中国では、写真1のように児童生徒は背筋を伸ばして先生の教えを一言も聞き漏らさないという姿勢で授業を受けていた。しかし、今では写真2のように、子供たち同士が意見を交わしたり教え合ったり、という協同的な学びの風景が一般化してきている。このように学習者が授業の中心になり、さまざまな課題に主体的に取り組もうという姿勢が定着しなければ、上海のPISA断トツ世界1はあり得なかったと考えている。

1昔

1.昔

2.昔

2.今

新しい教育の核心は教師=ファシリテーター

世界の学校教育の動向に詳しい佐藤学氏は、この20~30年の間に世界の学校内で進行している変化として、(1)学習単元が〈目標–達成–評価〉で組織される「プログラム型」から〈主題–探究–表現〉で組織される「プロジェクト型」へ移行しつつあること、(2)教師による一方的な説明がなされる一斉授業から学習者自身によるペア学習やグループ学習を主体とする協同的な学びに移行していることを指摘している(佐藤学『学校を改革する――学びの共同体の構想と実践』、岩波ブックレット、2012)。

「総合的な学習の時間」で重視されるようになっている「探究的な学習」にしても「問題解決的な学習」にしても、また佐藤学氏が指摘している「プロジェクト型学習」にしても、環境教育の世界では、「ワークショップ」という名称で以前から実践されてきていることである。また、ペア学習やグループ学習といった、学習者(参加者)自身が様々な活動を通して学びを定着させていく協同的な学習形態は、環境教育の世界ではごく普通のことである。

ワークショップについての実践と理論の両面での第一人者である中野民夫氏は、『環境教育辞典』(教育出版、2013年)の「ワークショップ」の項目で、ワークショップを「講演や講義などの一方的な知識伝達型ではなく、参加者が自ら参加・体験して共に何かを学んだり創ったりする、参加型の学びと創造の場」と定義し、「通常、「ファシリテーター」と呼ばれる進行役が、全体の進行を担当し、円滑な学びや創造を促す」と述べている。環境教育の世界ではファシリテーターという用語はかなり広まっているが、人々が集まって話し合ったり学んだりする時に、発言しやすい雰囲気を作ったり適切な解説や発言の促しなどでその場の進行を円滑にする人で、あえて翻訳すれば「促進者」となる。

そして実は、中国の教員養成の国家基準になっている『教師教育課程標準』では、「教師は児童生徒の学習の促進者であると理解すること」を「基本要求」に明確に記している。「促進者」とは言うまでもなく「ファシリテーター」である。中国の教育改革の設計者と目されている華東師範大学(上海)の鍾啓泉教授は、中国で2001年に「基礎教育課程改革」が発令される以前から、学習者主体の授業においては、教師の役割は「指導者(=インストラクター)」であるだけでなく「指導者」+「促進者(=ファシリテーター)」でなければならないと主張しており、それが『教師教育課程標準』にも取り入れられているのである。

今こそ求められている環境教育の学習手法・学習形態

21世紀もすでに十数年を経た今日、学校教育に求められる学力は、教えられた事柄を記憶した知識の量ではなく、活用力や創造力である。そして、そのための学習手法として「探究的な学習」「問題解決的な学習」「プロジェクト型学習」が注目されている。さらに、学習の中心が学習者であるばかりでなく、教師にもファシリテーターとしての役割が求められるようになっている。

まさに、これまで環境教育が培ってきた学習方法、学習形態こそが、21世紀が求める学力、すなわち現代社会が抱える様々な課題を解決するための力をつけるうえで不可欠のものとなってきている。学校関係者の中には、すでに、このゆっくりとした、しかし、もう後ろに戻ることのない学校教育をめぐる大きなうねりをしっかりと認識している人も少なくない。

環境教育に関わっている方々には、持続可能な社会の構築のためにも、そのような認識を持ち始めている人たちを巻き込んで、日本の学校教育を大きく変えていく役割を担っていただきたいと思っている。

諏訪 哲郎

諏訪 哲郎 (すわ てつろお)

学習院大学文学部教育学科教授。主な著書に『加速化するアジアの教育改革』(編著、東方書店 2005)、『沸騰する中国の教育改革』(編著、東方書店 2008)。日本環境教育学会前常任理事として、『環境教育』(教育出版2012)『環境教育辞典』(教育出版2013)を編集・執筆。

カテゴリー

最新の記事

地球のこどもとは

『地球のこども』は日本環境教育フォーラム(JEEF)が会員の方向けに年6回発行している機関誌です。
私たち人間を含むあらゆる生命が「地球のこども」であるという想いから名づけました。本誌では、JEEFの活動報告を中心に、広く環境の分野で活躍される方のエッセイやインタビュー、自然学校、教育現場からのレポートや、海外の環境教育事情など、環境教育に関する幅広い情報を紹介しています。

JEEFメールマガジン「身近メール」

JEEFに関するお知らせやイベント情報、
JEEF会員などからの環境教育に関する情報を
お届けします。

オフィシャルSNSアカウント

JEEFではFacebook、Twitterでも
情報発信を行っています。
ぜひフォローをお願い致します!