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SDGs時代の環境教育とは(5) 2024.02.15

Episode 5: 災害復興とSDGs

2015年3月の第3回国連防災世界会議で採択された「仙台防災枠組2015–2030」は、災害リスク削減に向けて国、地方自治体、企業、市民、あらゆるステークホルダーが取り組むべき指針として、⑴災害リスクの理解、⑵災害リスク管理のための災害リスクガバナンス、⑶強靭化に向けた防災への投資、⑷効果的な応急対応に向けた準備の強化と「より良い復興(Build Back Better)」を優先行動として挙げています。

しかし、「より良い復興」が果たして被災者の暮らしの復興につながったかは甚だ疑問です。阪神淡路大震災の際には「創造的復興」の旗印の下、新空港の建設や道路の復旧が一気に進みましたが、一方で復興住宅に入居した被災者の孤立や災害関連死が問題となりました。

東日本大震災の津波被災地でも道路の復旧や防潮堤をはじめとする土木工事がハイピッチで進められ、かさ上げした土地に商業施設や住宅団地が次々と完成しました。けれども、そこに人が住み、暮らしがもとに戻らなければ本当の復興とはいえません (注1)。

復興計画と住民運動

三陸沿岸部の復興計画は行政主導で震災から半年も経たないうちに策定され、自治体が復興予算のタイムリミットを気にする余り、各地で性急な住民合意が迫られ、防災集団移転や防潮堤建設などの復旧事業をめぐっては住民間に対立が生まれた地域もありました。

こうした中で、気仙沼市大谷地区では20代から40代の青年層を中心に2012年10月に「大谷まちづくり勉強会」を立ち上げ、その後、勉強会のメンバーを中心に「大谷里海(まち)づくり検討委員会」を結成して大谷海岸周辺のまちづくりの具体案を作成しました (注2)。

2015年8月には同地区振興会連絡協議会と共に「大谷海岸周辺の整備計画に関する要望書」を菅原進市長に提出し、防潮堤の位置を当初計画の砂浜から陸側の国道45号まで後退させて国道を兼用堤とする案を要望しました。市長は当初から「海水浴場は残すべき」との姿勢を示したため、市は住民案の検討を始めました。1年に及ぶ住民と行政の粘り強い話し合いの結果、国が計画変更を承認することになり、2017年7月に宮城県気仙沼土木事務所主催の防潮堤整備計画に関する住民説明会が開催されて国道を兼用堤にする計画に決まりました。

大谷地区住民説明会(2017.7筆者撮影)

災害復興と持続可能な地域づくり

大谷海岸の砂浜を残すために防潮堤の位置を陸側に後退させ、国道と一体の兼用堤とするという地域住民の要望にかなった計画に変更することができたのは住民主体の地域づくりという側面からは評価できると思います。

国道と一体化した大谷海岸の防潮堤(2024.2筆者撮影)

同地区に活動拠点を置く特定非営利活動法人「浜わらす」は、地域の学校の環境教育と子どもの自然体験活動を支援しています(注3)。自然災害を契機とする人口減少の加速化や地域経済の縮小といった持続不可能な課題が被災地に突きつけられる中で、前回、前々回のコラムでご紹介した「子ども小泉学」と同様に、子どもたちが地域の自然に触れ、自然との共生に理解を深める活動は重要な意味を持ちます。

大谷海岸で採取した海浜植物(2017.11筆者撮影)

被災地における持続可能な地域づくりは、SDGsが示す環境・社会・経済の諸課題を包括的に解決しようとする取り組みにほかありませんが、大谷地区の事例が示すように地域が持続可能であるために住民が主体であることが何より重要であるといえます。

注釈
(注1)秦範子(2017)「3.11後の地域を再生する学び」鈴木敏正・朝岡幸彦編著『社会教育・生涯学習論:すべての人が「学ぶ」ために必要なこと』学文社
(注2)大谷里海(まち)づくり検討委員会
(注3)はまわらす

秦 範子(はた のりこ)

外資系IT企業在職中に米国大学院留学。帰国後、杉並区内に拠点を置く環境NPOに参加。以来、15年間学校コーディネーターとして区内小中学校の環境教育に関わってきた。現在は都留文科大学等の講師(非常勤)のほか、2021年8月から日本環境教育学会副会長(2期目)を務める。田舎暮らしに憧れて7年前に八ヶ岳南麓に移住。博士(農学)。

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