小笠原諸島は、海底の火山が噴火し、隆起してできた島で一度も陸とつながったことがない海洋島です。 一番近い陸地は本土で、定期船で本土から島へ来るまで24時間かかり、真夜中0時に鳥島を通過すると、 朝9時まで島はありません。 このように深い海に囲まれた島に生息している生き物たちは、いったいどんなふうにたどり着くことができたのか、物語を知りたくなりました。しかし、ルーツをたどることは簡単ではありません。それを長く地道な研究で明らかにしたのが、東北大学の千葉聡先生でした。先生の研究室では陸産貝類を調べていて、遺伝子の塩基配列から系統を推定する方法がとられました。それによると、ひとつの種から父島でさまざまな生息地に別れ、その結果姿や形を変え、別の種となったことがわかりました。
出典:小笠原村,「何が登録されたの?」,カタマイマイの進化系統樹(2022年6月10日現在)
私は海洋島で起きている出来事にとても驚きました。その後、2014年から5年間、小笠原に生息するカタマイマイの飼育を担当する機会を得ました。父島では見られなくなった種や周りの島に生息している種の個体数を増やす仕事でした。すでに見られない生物の生息環境を想像し、試行錯誤する日々でした。難しいのは、種によって好む水分が違うことや繁殖するための環境が違うことでした。
大学や研究機関の指導を受けながら、慎重に飼育していきました。与えられた情報だけでなく、生息している場所へ何回も見に行きました。土を触り、匂いをかぎ、菌糸など周辺にどんな条件があるのか、光の差し込み具合と地表温度、土のpH、自然界でどのような食べ物を食べているのか、見たことや感じたことからヒントを得ていきました。
適度に光が入り、乾燥していない葉の上で休むカタマイマイの仲間。
そこでわかったのは、日中や夜間の温度差、湿度、光が差し込む時間、土の状況や落ち葉の積り方、雲霧帯がある標高なのかなど、ちょっとした違いで生息が分かれるということでした。
霧がかかる森の中。土が適度に湿り、葉に水分がついている状態を好む。
それを知ってから島を見ると、カタマイマイにとって明らかに父島は乾燥していると感じました。屋外で飼育を試行しても、人工的に乾燥を防がないと健康状態が悪くなっていきます。渇水や暴風雨など島の過酷な歴史を生き抜いていくのは容易なことではありません。
海洋島の生き物は、カタマイマイに限らず、ほんのささいな環境の違いを感じ取り、工夫しながら生息しています。生き物に出会った時は、その環境を壊さないようにそっと見る配慮が必要だと感じました。