村の中心から一番遠い場所へ行こう!とバスに乗ると終点の小港海岸に到着します。海岸へ向かって道を進む時、目をつぶってゆっくりと歩いてみると、ハスノハギリの木々を通り抜けるそよ風や、ひんやりした日陰、ぬれた土の匂い、クロツグの花の香り、モモタマナの落ち葉を踏む音、オガサワラハシナガウグイスの鳴き声など、深い海岸林を体全体で感じます。
細い道の方向を確かめ、また目を閉じて数十歩歩くと突然強い光を感じます。そっと目を開くと、広い砂浜が目に飛び込んできます。そのまま海に向かって歩いていくと、高木から低木、イネ科植物、海浜植物のハマゴウと、海岸にむかって植物の種類が変わっていくのがきれいに見えます。
波打ち際まで歩くと、小さく丸いものが打ち上がっています。大型有孔虫のゼニイシです。貝や欠片とともにちりばめられています。
波打ち際のそれをたどっていくと、今度は岩肌に大きな模様が見えてきます。枕状溶岩です。
模様を見ながら目線を波打ち際にもっていくと、そこにはオハグロガキだけがびっしりついていて、ピンク色の線のようです。
海の匂いがしないことに何か物足りなさを感じながら、木陰に着きました。綿の大きな布を広げ、その上に寝転ぶと、砂の形状に布が合っていくので、肌触りが良く、心地良い。寝てしまいそうです。ゆっくりしていても、虫の気配を感じません。何もいないのかなと思っていると、ぷーんっと米粒より小さく黒いものが飛んできて、ポトッと落ちるかのように着地します。観察ケースを取り出してルーペで見てみると、オガサワラハマベエンマムシです。その日は、この虫しか出会わなかった、なんとも不思議な海岸です。
何かが足りなくて、何かがある不思議な場所。「この場所で、地域の子どもたちと調べる会をひらこう!」と思いつきました。
ありのままの自然を、
自分が感じた気づきから始まる、
正解のない世界を大切に、
見る人の発見に言葉をそえる、
そんな会になったらいいな。
と思いました。その後20年間、小港海岸だけを舞台に、そこの自然全体が子ども用の研究室にしようと「Kid’s Lab.小笠原」と名付けて会を開きました。海岸にある休憩所がその日かぎりの研究室になりました。