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尾瀬の自然便り(5)山でうまれる言の葉たち 2022.02.15

「言葉」は「言の葉」に由来するといいます。(「葉」は「端」とする説もある)
人の心を草木の根にあてはめ、芽を出し、葉が茂るように言葉が生まれてくる、とたとえたのです。

クロモジの芽吹き 6月上旬、新緑の葉

例えば、都会で人とすれ違うときに、その都度見知らぬ人に挨拶はしない・・・ですよね。
しかし、山では登山道、休憩、同宿、様々な場面で自然と言葉を交わしていることがよくあると思います。

「この先のミズバショウ最高でしたよ!」
ガイド中、尾瀬ヶ原の入口で、戻ってくる方から嬉しさのお裾分けを頂きました。後ろにいるお客様も「やった~!」と大喜び。お礼を伝え、足取りが軽くなったお客様と先へ。このようなとき、お客様と同じ立場の方からの後押しは、私の言葉以上に響くんじゃないかと思うのです。

「羽化したトンボが翅を乾かしてる」
湿原の木道下をのぞき込んでいる親子がいたので、立ち止まると、子どもがそう教えてくれました。木道を占有しないよう気を配りつつ、一緒になって見つめてしまいます。きっと素通りしていただろうなぁ。じゃあ、私からも。「ハッチョウトンボは見つけた?日本一小さなトンボ」「えっ!そんなのいるの?」情報共有の場になりました。

「(登山口まで)あと150mくらい、もうちょっと」
メインとなる湿原へは、登山口から下って辿り着きます。つまり、帰り道が上りになるということ。登山口近くでは、元気に下っていく方と、バテ気味で上ってくる方がすれ違います。そのときに「頑張って~」と登山者同士の応援の声かけが生まれることがあります。

「こんな長い時間楽しいって思ったの、初めてだな~」
昨秋のガイド中に、小学生の女の子が私の後ろで呟いた独り言。湿原を吹き抜ける風で消えてしまいそうでしたが、自分の気持ちが漏れ出したその声は、きっと本心なのだから、なんだか嬉しかったです。

そもそも山では出会う人数が少ないですし、挨拶が定着しています。でも、その場所が好きだったり、頑張ってここまで来たという共通点があるからこその会話、言葉の広がりは山の楽しさの一つだと感じます。

ベンチに赤い服を着た二人 何をお話しているのかなぁ♪

一方で、山の静寂も何と心地良いことでしょうか。
ある晩夏を友人と尾瀬沼で過ごしたとき、山小屋での夕食後に外に出ると、空が焼けていました。そのまま、急ぎ足で湖畔に向えば、木の陰から前方に、写真の風景が広がりました。

夕焼け空――尾瀬沼と燧ヶ岳(ひうちがだけ)

既にいる人達に私達も加わり、眺めている間にも人が集まってきます。
でも、そこは、大勢いるのにしんっとして、静かなんです。
時折聴こえるのはカメラのシャッター音と、この光景を見に来た人から漏れる感嘆詞だけ。
言葉のない、この静けさがまた良いのです。
空の赤色が消えたら、足早に立ち去るので、余韻はすぐに消え、感想を言い合って賑やかになります。初めて会った人同士も、それぞれの戻り道に言葉を交わすこともあります。
「明日は燧ヶ岳登山へ。初めてなんです」同宿の女性はそう話していました。

“夕焼けは晴れ”といわれるように、夜は満天の星が広がり、翌日も登山日和でした。
「昨日のあの人、もう山頂着いたかな」友人にそう言い、燧ヶ岳に目を向けます。
「今日は最高だろうね、良かったね~」と、返事が来ます。
昨晩、言葉を交わしたその女性のことを想像しながら、私達もおしゃべりを続けました。

尾瀬の芽吹きの季節はまだまだ先ですが、
今年は山々に葉が茂っていくように、たくさんの方々と尾瀬でお話できたらなぁと願っています。

伊澤 菜美子(いざわ なみこ)

尾瀬自然ガイド。神保町で紙の卸売会社に勤めながら、休日は森に通う社会人生活をしばらく過ごす。その後、山梨の自然学校で環境教育を学び、ガイド、ビジターセンター運営の経験を経て、群馬県北部に移住。現在は尾瀬国立公園で自然や関わる人々の魅力、環境保全の取組みなどを伝える仕事に携わる。

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