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大地、海、空、人々の想いを、おいしく料理して、ひとつのおさらに。(2)京町家 2021.11.19

「空き家になっている町家を活用してくれないか」今の大家さんから声をかけてもらった時に見た物件は、荒れ果てていました。住んでいない家には、生気がありませんでしたし、息ができていないという印象で、どんよりした空気が充満していました。しかし、通り庭、吹き抜け、坪庭、虫籠窓(むしこまど)、井戸、漆喰の壁と伝統的な京町家の様相が残っており、実に引き付けられる建物だったのです。

私は、自分の手で、「民による公共空間」の創出をしようと、近くにある別の京町家を借り、地域の多目的交流スペースの運営をしていました。地域にも溶け込み、多くのご利用に支えられて6年余りを過ごし、京町家には「場所の力」があると確信していました。そのような時期に、新たな京町家に出逢ってしまったのは、ご縁を超えて、私がこの建物を残していきたいという想いを強く持ちました。

ぼろぼろの建物を修繕し、飲食店にしていくにも、私にはわずかな資金しかありませんでしたが、人脈を辿って専門家を頼り、持ち寄れるものは協力を仰ぎ、みんなの手でお店を実現していきました。中でもユニークだったのは、建築専門学校の学生たちの実習現場として提供したことでした。町家を守りながらも活用していく活動をされている教授が、店舗への改装設計を担当してくださり、その代わりに学生が本物の町家で作業しながら学ぶことができるようにしたいというもので、実際に9名の学生たちが内装の解体などに携わってくれました。これは、プロにお願いして素早く仕上げていくこととは程遠いものでしたが、学生たちに昼食を振る舞いながら、いろいろな話をする楽しみもあり、大いに学んでくれている様子が私の目には眩しく映りました。他にも特筆しておくべき職人技が多数あります。京都随一の腕を持つ左官職人の方が塗り上げてくれた真っ白な漆喰の壁は、8年近く経つ今でもヒビ一つ入っていません。手入れは埃を払う程度で済みますし、壁自体が息をしているので、家の中が湿気てしまうこともありません。坪庭も友人が設計から取り組んでくれました。小さな庭ですが、季節の移ろいがあり、いのちの営みを感じるなくてはならない大切な空間です。

厨房は、オープンキッチンになっていて、調理の様子が客席から見えるようにしています。「なにも隠し事はしません」「なんでも聞いてください」というのがメッセージです。つくり手と食べる人の距離が近いことも重要な要素になります。会話や対話が生まれ、食に関心を持てるしかけのひとつなのです。井戸の上には神棚を設え、氏神様を祀って毎日手を合わせています。たくさんの方に楽しんでもらえようにと心を込めてお料理しますので、その安全を見守っていただけるよう願い、日々のお礼を報告します。外から建物を見ると、鍾馗(しょうき)さんという厳しい顔をされた瓦で作られたお人形が屋根に鎮座しています。京都の伝統を受け継ぐ京瓦師の作品ですが、私の町家を大切にしたい気持ちを聞いて、縁起物として贈ってくださいました。疫病や魔を払い、火災除けの願いも合わせて、お店に関わる人々、ご来店の方々を毎日守ってくださる存在です。

おくどさん(かまど)で炊き上げるご飯も美味しく、手作りのお料理を楽しみにご来店いただきますが、それだけではないなといつもこの京町家に感謝しています。「場所」には、人々の想いが染み付いていますし、それぞれがこの京町家に人を引きつける理由の一つになっているのではないかなと思っています。様々な人の手仕事でできていることを実感できる場所が食堂として生まれたひとつのおさらなのです。誰でもが立ち寄れて、食に関心ない方でも食事と一緒に空間も味わい、子どもも大人も楽しみながら食べて学べる空間となっています。お客さまには、築100年近くになる京町家に集い、ひとつのおさらのお食事やスタッフたちのファンになってもらえるとうれしいなと日々精進しています。

西村 和代(にしむら かずよ)

京都生まれの京都育ち。<いのちと食と農>を研究テーマに大学院でソーシャル・イノベーションを学んだことをきっかけに、「おうちごはん」が食べられる食堂を始める。会社経営をする主婦でシェフ、たまに大学講師。女性支援や、子どもたちに学校菜園(エディブル・スクールヤード)を届ける活動も行っている。

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