清里ミーティングで行われた理事対談の第2弾。環境NGOの立場から様々な環境活動拠点の立ち上げやネットワーク組織の運営に携わる村上氏と、自然と密接に関わる生活づくりからより豊かな生き方を提供する活動を続ける佐々木氏に対談していただきました。また、この理事対談も前回と同様に公開形式で行われたため、聴衆の方のご意見等も掲載しています。

環境教育活動へのきっかけ

小林 理事対談も10回を迎えました。清里での公開2回目です。さて、自然保護を中心とした環境教育をはじめられた最初のきっかけをお聞きしたいと思います。佐々木さんはいかがですか。
佐々木 野外教育(※1)、冒険教育(※2)といったところから環境教育に入りましたので野外教育に入ったきっかけからお話しすると、やはり小学校の時の話になります。
 私は生まれも育ちも岩手県で、高校卒業まで盛岡にいました。盛岡は地域の子ども会の活動が盛んでいろんな活動を体験できたことがきっかけの一つです。
 それよりも大きなきっかけは中学校の頃、私が行く予定の中学校が非常に「荒れた」中学校だったんです。でも、私が入学する年に3人の先生が新任で入って、もう1人学校にいた先生と4人でスクラム組んで学校のカリキュラムに1年生で標高2000m以上の岩手山に登らせるといった、野外教育を取り入れたんです。
 3年間で、今自分でやっているプログラムのほとんどをやりました。稲刈りにも行きましたよ。ただ、全員ではなくて、全体に影響を与えそうな生徒だけ選ばれて。お前らがしっかりしないとこの学校はダメになるって言われました。何かにつけて理由を付けてガス抜きをさせられましたね。それを先生達は身体を張って受けてくれました。その頃に教員になることを考え始めました。
小林 きっとその先生方も、こいつは将来リーダーになるって思ってたんじゃないでしょうか。今話を聞いていて、非常に立派な先生ですね。
佐々木 時々岩手県の教育関係の講演に呼ばれて、当時の先生達のことをよく話します。その話が先生たちの耳に入ったらしくて、今年の夏にすでに定年になった6人が自然学校を見に来ました。私も卒業以来の恩師との再会でしたね。当時生徒を2000m以上の山に連れていくことは相当大変なことだったようです。校長先生、教育委員会も反対したらしいのですが、学年主任だった先生が「このままではこの学校はダメになる。これが受け入れられなくても、自分達で学校を作るぐらいの覚悟はあるか。」とスクラムを組むことになった他の3人の先生に迫ったそうです。
小林 今から30年以上も前にそういう先生がいたというのは、本当に佐々木さん恵まれていましたね。
佐々木 そうですね。とても感謝しています。
小林 村上さんのご経験はどうですか。
村上 私は自然体験型の環境教育が専門分野というわけではありません、強いて言うなら環境NGOの活動の延長で環境教育の分野に入ってきた人です。ではなぜ環境NGOなのか、実は印象に残っている体験があまり浮かびません。ただ子どもの頃から「フェア」とか「理屈が通る」ことが好きだった。『ベルサイユのばら』とか、『竜馬がゆく』といった、時代の変革期にどう人が動くか、という本やマンガを好んで読みました。いわゆる「正義」が好きだったんですね(笑)。最初の仕事(企業)を選んだのは「男女の区別なく能力主義で平等に機会が与えられ、評価される」という理由からでした。そこでたまたま社会貢献活動というものがあることを知って面白そうだなと興味を持ちました。でもその部署には簡単には異動できなくて、だったら転職しちゃえ、と飛び込んだのがたまたま環境NGOだったというわけです。社会問題にコミットできる仕事なら何でもよかったんです、私は。

読者に向けて

小林 「地球のこども」の読者を対象にして、これだけは言っておきたい、知らせておきたいということがあれば、お話いただきたい。
村上 ここには、自分のやりたいことを探して来ている若い人がたくさんいますよね。JEEFの事務局でも損保ジャパンのCSOラーニング(※3)の大学生たちが職員と一緒に仕事しています。若い時からいろんな人の価値観にふれて、自分のしたい仕事を探すなんて、いい時間をすごしているなと思うんです。その若者たちがこの先自然学校とは関係ないところに行ったとしてもいい仕事を見つけられると思います。
 私は自分が行ける偏差値の大学に行き、男女平等という視点だけで会社を選ぶという結構いい加減な就職をしていたので、若い頃からアンテナを張っている人たちをみるとすごいなと思うんです。もっと多くの人たちにもチャンスを提供していく組織でありたいし、やっていけるといいなと思います。
小林 私は損保ジャパン環境財団の理事もやっていますが、CSOラーニング制度を実施している企業も立派だし、率先してやってくる人もいっぱいいて、いい制度だなと思います。
佐々木 くりこま自然学校は1995年に建物を建てて、次の年から活動をして9年目です。実は9年前にイメージしたことと現在とはずれがあるんですね。何しているのかと聞かれたときの答えが毎年変化している気がします。野外教育、冒険教育を勉強して、教員になろうと思っていたのですが、事情があってサラリーマンをしていたんです。そんな時に、清里ミーティングに参加して、自分とは違うチャンネルの方といっぱい出会った。
 当時から住んでいた東京ではなくいずれ自分の育った場所へ戻りたい、自分の子どもは東京ではなく自分が生まれ育った環境に近いところで育てたいと思っていました。そこで、まずは自然学校という看板をあげました。自然の中でキャンプ活動して、それで食べていくのは大変なことです。専門から言えば冒険学校でもよかった。でも自然学校にしたことで間口が広がりました。地域の人とのつながり、農業も気にとめて、畑もやって、家畜も飼って、手を広げているのが現状です。でもクリエイティブに生きるというのは外していない。「自発的に自分から関わる」と子どもたちに言ってきたので。何もないところから何かをつくりあげるのが基本路線。いいアイデアを取り入れて、それを繰り返したら、今回のミーティングのテーマであるESD(※4)まで広がったんですよ。キャンプに不登校の子どもが参加して変化したことをきっかけに、その後、不登校や引きこもりなど悩みを抱えている子どもを預かるようになりました。そこで非日常の活動に日常が入り込み、普段の生活の基本となる部分に自然と意識が行く。現在は持続可能な豊かな平和な社会システム、人づくりにこだわっています。
ESDへ活動が広がったとき
佐々木 5年位前に米国バーモント州のNGOと日本の交流事業があって、そこで村上さんにお会いし、ESDを身近に考えたのがきっかけです。92年のブラジルのリオサミット(※5)の頃はまだ他人事だったんですよ。でも交流事業でESDは基本だと感じました。そしたら冒険教育から環境教育へぽんと広がった。
村上 その頃私は環境NGOから派遣され、環境パートナーシッププラザ(※6)のスタッフをしていました。バーモント州のNGOがプラザにやってきて、環境教育で日米の交流事業を一緒にやりましょうというんですよ。そこで日頃思っている疑問をぶつけたんですね。「米国は環境教育が盛んだが、世界のエネルギーの大半を消費するライフスタイルは全く変わっていない。私たち日本も第2位のGNPを誇っている。環境に多大な負荷をかけている2大国が環境教育で何かをするなら、お互いのライフスタイルを変えることをテーマにしないと意味がない」と言ったところ向こうも同意した。それで「持続可能な地域・社会作り」をキーワードに、教育という視点から関わっている人たち同士が交流できるようなデザインにしようという話になった。バーモント州は持続可能な社会を目指していろいろな取り組みをはじめていた州だったんです。
 日本からは西宮市、水俣市、小田町(愛媛県)、高遠町、京都市、栗駒町、鶴見川流域7地域が参加し、まずはバーモントを見に行きました。そのときは栗駒から佐々木さんところのスタッフが参加してくれて、それがなれ初めなんです。
小林 バーモントとの交流は、まだ続いているんですか?
村上 日本からバーモントに行った翌年は、向こうの人たちを日本に呼びました。そのときは西宮、水俣、栗駒などで活動を見てもらい、京都と東京に集まってセッションをしたのですが、その後、どことつながるかという話になって、バーモント州側は学校教育をコアにしているところと組みたいと言ったんです。それからはバーモント州と西宮市の直接交流が始まり今も続いていると聞いています。西宮市は去年「環境学習都市」を自治体ではじめて宣言して、子ども・地域の大人たち・企業が関わる地域づくりを進める面白い活動を展開しています。
佐々木 私自身も冒険教育という枠が取れて、この事業のおかげでもう一度自分と地域の新しい接点ができたんです。昨年、一昨年と地元の農家の方を清里ミーティングに誘って、今年は地元の百姓環境フォーラム(※7)で活動している佐々木さんというお医者さんを誘ってきました。ますます地元の人の取り組みが見えてつながって、村上さんとの事業のおかげで広がりが出たと思いますね。
村上 私はそれを聞いてすごく驚いたんです。私はすでにつながりがあって、もう取り組まれているのだと思っていたから(笑)。それからもうひとつ、ぜひ佐々木さんに聞きたかったことがあるんです。ESDという概念が地域とのつながりを作るうえで役に立ったとおっしゃいますが、「持続可能な開発のための教育」ってなかなか人に説明するのが難しい言葉ですよね。実際、地域の人とESDや持続可能性について語るとき、どんな言葉を使っているんですか?
佐々木 地域の方々へ具体的な言葉として説明はしていません。ESDは、地域の方々ばかりではなく一般市民にとってもまだまだ難しい概念であり、言葉としても難しいと思います。ESDという概念が地域のとのつながりで役に立っているというのは、私がこの地域で活動を進めていく上で、自分自身や自然学校スタッフと共にベースになる基本的な考え方として役に立っているということです。我々の活動を通じて啓発していくコアになる概念であると同時に実践していく具体的な行動であると思っています。
小林 お二人が活動されるときに外的な制約条件、これがあるから困っているということはありませんか。
佐々木 悪用されないために規制があるのですが、そのために動きにくくなってしまう部分もいっぱいあります。でも自分がしっかりしていれば、規制というハードルを越えてクリエイティブに切り開いていけるんです。私が冒険教育にこだわっているのも、不登校とかひきこもりの子どもたちがうまくいかない原因を親や先生、友だちがこう言っているという自分の外の環境に向けているので、反対に自分はどう思うのか、自分で考えさせる場を大切にします。自分で考えることがその子にとって必要なハードルなんです。規制がなければすっと進むんでしょうが、それは本当じゃないだろうと思います。
村上  ESDを進めていく上で一番なんとかしたいと思うのはタテワリの仕組みです。行政はタテワリだとNGOはよく批判しますが、実はNGOもかなりのタテワリ。活動テーマが少し違うだけでなかなかつながれていなかったりする。
 たとえば環境教育ひとつとっても、環境省・農水省・林野庁・国土交通省・経済産業省・文部科学省など省庁がばらばらのタテワリで、どんな仕組みを作っていくか一緒に考えることができない。個別の活動を進めたい気持ちはわかるけど、今必要とされているのはそれらをつなげて地域や学校の現場が必要なものをうまくコーディネートしていく仕組み。それをESDで作れればいいなと思っています。もちろんテーマをつなぐだけでなく、NGOと企業・行政・学校など様々な主体もつなぎたい。
 どんなコーディネーターやコーディネーション拠点があればいいのか、地域にある資源を地域の人たちが再点検し、どう使っていきたいかを議論しながら作っていけたらいいなと思っています。

佐々木豊志(ささき・とよし)
1957年4月18日岩手県生まれ。
筑波大学で野外教育、冒険教育を学び、国内外で指導経験、研究を積む。1996年、栗駒町で自分流の「くりこま高原自然学校」を開校。自然から享受する本物の豊かさに学び、自然体験活動を通して未来に向けて生き方を模索。2003年6月にはNPO法人くりこま高原・地球の暮らしと自然教育研究所を設立、行政とも連携しつつ、教育・福祉・産業など幅広い分野で地域社会の中での役割構築に努めている。

くりこま高原自然学校
http://www1.neweb.ne.jp/wa/kurikoma/
村上千里(むらかみ・ちさと)

和歌山県 海南市生まれ。1992年に外資系コンピュータ会社から環境NGOに転職。環境情報センター「ジャパンエコロジーセンター」の設立と運営に携わる。95年から、環境省所管の環境情報センター「地球環境パートナーシッププラザ」の開設準備にNGOとして参画。98年にフリーとして独立。2002年より「持続可能な開発のための教育の10年」の推進運動に参加、翌03年、その推進組織の立ち上げに携わり現職にいたる。 NPO法人持続可能な開発のための教育の10年推進会議(ESD-J)事務局長。
持続可能な開発のための教育の10年推進会議
http://www.esd-j.org/
小林 料(こばやし・おさむ)
(社)日本環境教育フォーラム理事。1927年京都生れ。52年東京電力入社。68年より環境問題に携わる。79年環境部長。以後理事、立地・環境・技術開発を担当。95年顧問。この間、設備の緑化、尾瀬地域の自然保護等を進める。電事連、経団連、大蔵省、外務省、通産省、環境庁等の委員歴任。現在、JEEFのほか幾つかの環境関連NGO・NPOの役員を務める。89年環境庁長官表彰、94年国連環境計画グローバル500賞受賞。

(※1)野外教育
野外での様々な活動を教育的観点でとらえ、野外での活動を人間の心身の健全な発展に資するための検討を行う学問分野
(※2)冒険教育
野外における冒険的な活動へのチャレンジを通じて、自分自身に対する意識を向上させ、人間形成を図ることを目的とした教育。
(※3)損保ジャパンのCSOラーニング制度
環境CSOでの実地体験を希望する大学生や大学院生を公募・選抜し、学生のCSOでの活動時間に応じて奨学金を支給する制度。損保ジャパン環境財団で実施している。
http://www.sjef.org/internship/index.html
(※4)ESD(Education for Sustainable Development):持続可能な開発のための教育
持続可能な開発をすすめていくためには、環境だけでなく、開発や貧困、感染症、女性差別、人権、平和、民主主義などの課題を総合的に解決していかなくてはならない。環境教育に限らず、開発教育、人権教育、平和教育、多文化共生教育など様々な教育活動が、「これからの社会」をキーワードにそのあり方をともに考え、その繋がりを力にしてゆくための共通の概念。
(※5)リオサミット(国連環境開発会議)
1992年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された。通称「地球サミット」。182カ国の政府代表に加えて国際機関や多くのNGOなどが参加し、「環境と開発に関するリオ宣言」、「アジェンダ21」、「森林原則声明」などが採択され、「気候変動枠組条約」、「生物多様性条約」が締結された。
(※6)地球環境パートナーシッププラザ
環境省と国際連合大学が共同で運営する環境情報センター。多様な主体のパートナーシップ促進を目的として1996年に設立された。
(※7)百姓環境フォーラム
環境と食の安心ネットワーク作りを進める宮城県北部の登米・栗原地区を中心とする農業者や市民の集まり。自然と人間・農業が共生できる地域づくりを目指した啓発・実践活動を行っている。